Interview 工房「ランティミテノマド」を起点に、 楽しく、美味しいアプローチで「食の問題」に取り組む

山内裕樹さん由美子さん夫妻

茅ヶ崎市行谷在住 山内裕樹(やまうち・ゆうき)さん・由美子(ゆみこ)さん
10代を茅ヶ崎で過ごした裕樹さんと、埼玉県出身の由美子さん。和食レストランを開くため、2006年から3年間、夫婦でモロッコ・マラケシュへ。この時から、子どもの貧困やフードロスなど食の問題を意識するようになる。帰国後は鎌倉にビストロ「ランティミテ」を開業。2017年、より自由なスタイルで食の問題に取り組むため茅ヶ崎で「ランティミテノマド」をオープン。

フランスのシャニー、モロッコのマラケシュ、東京…そして茅ヶ崎へ。

「どうぞ〜」と案内された部屋に入ると、壁一面の棚にはスパイスや自家製ソース、瓶詰めの調味料や食材などがずらり!ここは裕樹さんと由美子さんご夫婦が主宰する工房「ランティミテ ノマド」だ。2017年、茅ヶ崎の北部にある尾根に囲まれた行谷(なめがや)にオープンした。

「ランティミテ ノマド」では、お惣菜や自家製ソース、スパイス、コーヒー、チョコレートなど多彩な食材を、できる限り国産やオーガニックのものでそろえ、対面販売している。
「工房の棚はすべて夫のD I Yなんですよ」と由美子さん。……圧巻!

それ以外にも「ランティミテ ノマド」はフードロスや現代人の味覚など食の問題にも積極的に取り組んでいる。専門学校でフランス料理を学ぶことから料理の道をスタートした裕樹さんは、国内外のたくさんの場所で、さまざまな食の経験をして、ここに辿り着いた。

「専門学校時代は、フランスへ留学し現地のレストランで半年間研修させてもらいました。このときに影響を受けたのは彼らの働き方。オンの時は妥協せず、厳しく、集中してとことん働き、時間までにきっちり終わらせる。そしてオフになれば、上下の垣根なく思い切り遊ぶ。クタクタになるまで働く日本とは違って、オンオフの切り替えが明確にある働き方がとてもいいなと思いました」

もう一度海外でそんな働き方をしたいと思っていた山内さんは、ある時知り合いの外国人から、モロッコで和食レストランを開きたいと相談される。「和食レストランを任せられる日本人を知らないか」と言われ、「僕が行きます」と挙手。話が決まるとすぐに神田の割烹などで勉強させてもらい、夫婦でモロッコへと旅立った。

現地では、慣れないフランス語を使って、日本食をまったく知らないモロッコ人にゼロから和食を教えるという、いくつもの壁が立ちはだかる大変な経験をしたが、店の評判は上々。毎日は充実していた。と同時に裕樹さんの心には、食に関する問題意識が芽生えた。

「お店はモロッコの旧市街にあったのですが、そこでは時に物乞いにあうことがありました。子どもから『何かちょうだい』と手を差し出されることもあって、貧困や格差の問題を肌で感じ、とてもショックを受けたんです。子どもが食べ物の心配をすることなく生きていくために何ができるだろう、そこからフードロスについても調べるようになり、帰国後は食の問題に取り組もうと決めました」

「味覚の授業」で、本当の美味しさに開眼!

2009年に帰国した山内さんは、2011年、鎌倉にビストロ「ランティミテ」をオープン。自分たちの店を構え、無我夢中で毎日を駆け抜け、鎌倉近隣に住む人たちにもレストランの存在が定着したころ、山内さんは再び自身が抱え続けていた思いと向き合う。

「自分の店を出してからは、食の問題は気になりながらも、実際には行動できませんでした。でもある時、一度レストランという業態を離れて、自由に動けるスタイルでいろいろな活動をしてみようと思ったんです」
こうして、茅ヶ崎に「ランティミテ ノマド」をオープンした。

裕樹さんは、ずっと気になっていた現代人の味覚の問題にも取り組み始めた。工房では「味覚の授業」という料理講座も行っている。
「現代人の味覚は、塩と砂糖の刺激に頼りすぎています。忙しい現代人は、高温で素早く炒める調理が当たり前。でも強火で短時間という調理の仕方では食材のポテンシャルを全部引き出すことは難しいんです。足りない甘みを塩や砂糖で補ってしまうと、舌はどんどん刺激の強い味やわかりやすい味を求めるようになってしまいます。

山内裕樹さん由美子さん夫妻

そして、これは食だけに限らず、色々なことにつながっていると思うんです。例えば情報一つ取っても、刺激の強いもの、わかりやすいもの、手軽なものばかりを与えられていると、自分の頭で考えたり感覚を研ぎ澄まして感じたりすることができなくなってしまうと危機感を持っています。そんな悪循環に疑問を持ったり、少し立ち止まって食を見直したりするきっかけに『ランティミテ ノマド』がなれればと思っています」

「味覚の授業」では、砂糖は不使用、塩も極力使わずに調理する。その味わいが驚くほど滋味深く美味しい、と参加した人からは好評を得ているのだ。

対面で今日の夕飯を相談しながら、お買い物。

「ランティミテノマド」での買い物は、楽しい。「今日はこの料理を作りたい」と相談すれば、「その人数でそのメニューならこの量で十分だね」と、適量分だけ相談しながら量り売りで買うことができる。プラスチックゴミを減らすため、容器はお客さんそれぞれが持ち寄る。

中には「今日はイチジクひとつだけ」という人や「スパイスを数回分ください」という人も。「今日のお会計15円です、なんて時もありますよ(笑)。でも僕はそれでいいと思っているんです。食材を余らせずに必要な量だけ買うことがもっと浸透していけばと思います」

ランティミテ ノマドの山内裕樹さん

山内さん夫妻は、子ども向けの料理教室も開催している。「子どもとは、マンツーマンで一緒に料理をします。なぜなら、それぞれの子どもに見逃していい瞬間が1秒たりとも無いから。すべての言動を拾わないと大人が気付かないことだらけで、毎回勉強になりますね。どちらかが一方的に教えるのではなく、双方が学び合えるこの時間がとても好きです」

ふたりは、近くの小学校から呼ばれて食の授業をすることもある。ある日、小学校2年生に出した宿題「お母さんと相談しながら、冷蔵庫の余った食材でグラタンを作ってみよう」には、子どもたちから臨場感たっぷりのレポートが山ほど届いて、胸が熱くなったと嬉しそうに教えてくれた。

茅ヶ崎は、素の自分でいられるまち。

ランティミテ ノマドの山内由美子さん

もともと茅ヶ崎が地元だった裕樹さん。「僕の中では茅ヶ崎と言えば山なんです(笑)」とのこと。そして茅ヶ崎の魅力は「やんわりと受け入れられている」感じだと言う。
「人と人の距離感もほどよくて、素の自分でいられるまちですね」

お客さんが入ってくるキッチン側の扉を開けると、視界いっぱいに緑が飛び込んでくる。「この静けさが心地良くて、二人でずっと家にいます。働き方改革というより、働かない改革(笑)。まるで隠居生活みたいなんですよ」と二人は笑い合う。

途中「食べてみますか?」と出していただいた乳酸発酵させたピクルスや、お手製の塩・砂糖不使用のトマトケチャップ、自家製ジンジャエール、塩で漬けた5年モノのレモンのおいしさに感激。ゆっくりていねいに作られたものを、じっくりと味わいながら食べることは、こんなにも楽しいことなのだと改めて感じた。

最後に、今後について聞いてみると、近くの畑で野菜づくりをやってみようかと検討中とのこと。「これからも、自分たちが楽しそう!と思うことを続けていきたい。そして、料理を通して、少しでも世界を変えられたら」

楽しみながら、軽やかに現代の食の問題に取り組む山内さん夫妻。体が本当に喜ぶ料理とは何か。そんなことを考えるきっかけがこの小さなキッチンから少しずつ広がっていきそうだ。

Information
ランティミテ ノマド Facebook:
https://ja-jp.facebook.com/lintimite.kamakura/
ロードムービー『もったいないキッチン』
https://www.mottainai-kitchen.net/
オーストリア人の監督、ダーヴィドがキッチンカーで日本全国をまわり、捨てられてしまうもったいない食材を美味しい料理に変えるロードムービー。制作には山内さんも協力。9月より全国にて順次公開。